ギャラリー 水彩画コーナー

このコーナーでは、玉田信行の非公開作品を展示しております。
1980年6月、リーフデ号再建(日・蘭友好400年)でオランダに資料収集の旅に出かけた際のスケッチです。

ヨーロッパ旅行スケッチ

1980年6月、青年会議所(JC)の有志が、リーフデ号再建(日・蘭友好400年の2000年を目途に)を目指しオランダに資料収集の旅に出ました。2週間の予定でした。
10名の仲間に加わった私は、絶好のチャンスとばかりに、1日5枚×10日=50枚のスケッチをものにすべく、スケッチブックを2冊持ち意気揚々と出発しました。 旅程は、エールフランス機でフランス→列車でベルギー→アムステルダム(2日目で到着)ここで5日間資料集め、団長は臼杵市長で当時JC会長の後藤国利さんのせいか、オランダ政府の役人が世話をやいてくれました。
アムステルダム→列車でドイツ横断(途中ライン河上りを楽しむ)→スイス(ユングフラウヨッホ)→ジュネーブ→列車でフランスの南を過ぎて→スペイン(バルセロナ)→グラナダ→マドリード→トレド→パリと回りました。 後藤さんに引き連れられ。はぐれないよう必死でした。
スケッチポイントは山のようにありましたが、10人が一緒だとスケッチすることなど出来ないとあきらめたのは旅の終盤でした。

パリに入った残り2日間、1日目(2日目は朝から帰り支度)は朝早くホテルを出、コンコルド広場を横切り、ルーブル博物館を左に素通りひたすらノートルダム寺院を目指し、ようやくシテ島を一望出来る所へ行き、この2週間出来なかった一人きりにスケッチを楽しむことが出来ました。
なぜ、ノートルダム寺院かというと、中学生の時に見た映画「ノートルダムのせむし男」が私の心に長く残り続けたからでした。 まずまずの満足を得ましたが、出発の時に期していた枚数にはとても及びませんでした。
でも今これらのスケッチを見るたびに当時の気持が鮮明によみがえり、スケッチは出来なかったが、10人の中で一番過ぎ去る景色を熱心に目に焼きつけたことには自信があります。
しかし、パリに行って凱旋門とエッフェル塔を目にしなかった日本人は私一人だと思っています。

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